✍ 古家あきら | 2026-08-28 更新
価格転嫁率が再び4割割れの39.9% — 「値上げできない会社」は外からどこまで見えるか
先に結論から。2026年7月時点の価格転嫁率は39.9%。コストが100円上がっても売価に乗せられているのは約40円で、残る約60円は会社が飲んでいます。 そして最も転嫁できていない費目が人件費(32.0%)です。賃上げの原資は、まずここで詰まっています。
しょくばログという全国の会社データベースを運営していると、この「転嫁できない」がどの業種で起きているかを、外から見えるデータでどこまで追えるのかがよく問われます。今日はその新しい数字と、うちのデータで検証できた部分・できなかった部分の両方を書きます。
まず事実:2026年7月調査の数字
帝国データバンクが2026年8月28日に公表した「価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)」の結果です。調査期間は2026年7月17日〜31日、全国2万2,350社を対象としたインターネット調査で、有効回答は1万518社(回答率47.1%)。中小企業の実感を拾う調査としては十分な規模です。
- 価格転嫁率 39.9%。前回調査(2026年2月)の42.1%から2.2ポイント低下し、再び4割を下回った
- 多少なりとも転嫁できている企業 75.8%。内訳は10割すべて転嫁3.4%/8割以上13.0%/5割以上8割未満17.5%/2割以上5割未満17.4%/2割未満24.5%
- 「全く価格転嫁できない」企業 11.9%
出典:帝国データバンク「価格転嫁に関する実態調査(2026年7月)」(2026年8月28日)
「多少なりとも転嫁できている企業が75.8%」は、一見すると明るい数字に見えます。ただし内訳を見ると、最も多いのは「2割未満」の24.5%です。「転嫁できている」という言葉の中身は、大半が「ほんの少しだけ乗せられた」です。
いちばん転嫁できていないのは人件費
費目別に見ると差がはっきり出ます。
- 原材料費 47.3%
- 物流費 34.5%
- 人件費 32.0%
- エネルギーコスト 29.6%
原材料費は仕入伝票という形で相手にも見えるので、交渉の材料になります。一方人件費は、上がったこと自体を取引先に説明する材料が手元にない。だから最後に回され、最も転嫁できない費目になります。
これは国も問題として扱っている論点です。内閣官房と公正取引委員会は「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」を策定し、発注者・受注者が採るべき12の行動を示しています(2025年12月26日に改正)。指針が必要になるということは、裏返せば放っておくと労務費は転嫁されないという前提が共有されている、ということです。
出典:公正取引委員会「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」
求人を見る側にとって、ここは他人事ではありません。賃上げの原資は「人件費を売価に乗せられたかどうか」で決まるからです。求人票の給与額をどう読むかは求人票の給与欄の見方にまとめていますが、業種によっては「出したくても出せない」構造がその手前にあります。
業種で3倍近い差がつく
同じ調査の業界別の数字が、この記事でいちばん重要な部分です。
転嫁できている側
- 化学品卸売 63.2%
- 鉄鋼・非鉄・鉱業製品卸売 53.5%
- 機械・器具卸売 51.3%
転嫁できていない側
- 各種商品小売(食品スーパー) 33.1%
- 飲食店 28.7%
- 不動産 25.9%
- 旅館・ホテル 23.0%
- 娯楽サービス 17.7%
上位と下位で3.5倍以上の開きがあります。企業規模別(大企業41.6%/中小企業39.7%/小規模企業38.3%)の差が3.3ポイントしかないことを考えると、規模より業種のほうが、転嫁できるかどうかをはるかに強く決めているという読み方になります。
そして下位に並ぶのは、値札を最終消費者に直接見せる業種です。上位は事業者間取引(BtoB)の卸売。この対比は偶然ではなさそうに見えます。
ここからが本題:うちのデータで「規模のせい」説を検証した
「転嫁できないのは会社が小さいからだ」——よく聞く説明です。これは本当なのか、手元のデータで確かめました。
しょくばログは国税庁の法人番号公表データをもとに全国5,791,529件の法人を収録し、うち現存扱いで4,988,967社を公開しています。これに経済産業省gBizINFOの公開情報を突き合わせると、従業員数が公表されている146,353社について、業種別の規模分布が出せます。
日本標準産業分類の大分類ごとに、従業員数の中央値と「20人未満の割合」を出すとこうなりました。
- I:卸売業、小売業(n=19,110)中央値 32人/20人未満 39.7%
- M:宿泊業、飲食サービス業(n=5,837)中央値 30人/20人未満 40.7%
- N:生活関連サービス業、娯楽業(n=5,020)中央値 11人/20人未満 62.4%
- (参考)全体(n=146,353)中央値 28人/20人未満 41.5%
結果は「半分当たって、半分外れ」でした。
当たっている側:転嫁率が最も低かった娯楽サービス(17.7%)に対応するN分類は、中央値11人・62.4%が20人未満と、はっきり小規模寄りです。規模の弱さが価格決定力の弱さに重なっている、という説明が成り立ちます。
外れている側がむしろ重要です。飲食店(28.7%)・旅館ホテル(23.0%)に対応するM分類は、中央値30人・20人未満40.7%で、転嫁率63.2%の化学品卸売を含むI分類(中央値32人・39.7%)とほぼ同じ規模分布でした。規模がほぼ同じなのに、転嫁率は2倍以上違う。
つまり、飲食・宿泊が転嫁できないのは「小さいから」ではありません。 値上げの相手が交渉相手(取引先)ではなく、値札を見て黙って来なくなる一般客だからです。BtoBなら「原材料が上がったので」と説明して交渉できますが、BtoCの店頭価格に交渉の場はありません。
(注意点を正直に書きます。①帝国データバンクの業界区分と日本標準産業分類は範囲が一致しないため、この対応づけは概観です。②gBizINFOで従業員数が公表されているのは補助金交付や各種届出の記録がある法人が中心で、全法人の平均より大きい側に偏ります。実際、上記の中央値28人は日本の法人の実像より確実に大きい。業種間の比較には使えますが、絶対値を「日本の会社の平均」と読んではいけません。)
飲食業の厳しさは倒産の側からも出ています。中華料理店の倒産が15年で最多で書いたとおりです。また倒産1,037件は「17年ぶり」水準では、2026年7月の物価高倒産が121件と過去最多を更新したことに触れました。今回の転嫁率39.9%は、その倒産統計の「手前で起きていること」を数字にしたものです。
応募先・取引先を見るときに、外から確認できること
転嫁できているかどうかは、決算書のない中小企業では外から直接見えません。それでも、無料で確認できる材料はあります。
1. 業種を正確に押さえる。 「飲食店」なのか「食品卸」なのかで、置かれた構造がまるで違います。会社名からの印象ではなく、登記や事業内容から確かめてください(会社の業種を調べる方法)。
2. BtoCかBtoBかを見る。 最終消費者に値札を見せる商売か、事業者と交渉して値決めする商売か。今回のデータでは、これが規模より効いていました。
3. 規模を確認する。 従業員数は業種の中での位置を測る目安になります(会社の従業員数を調べる方法)。ただし上で見たとおり、規模だけで転嫁力は決まりません。
4. 求人の出し方の変化を見る。 給与レンジが据え置きのまま長く出続けている、募集職種が絞られた、といった変化は、原資の状況を間接的に映すことがあります。断定はできませんが、時系列で見る価値はあります。
やってはいけない読み方
- 「転嫁率39.9%だからこの会社も4割しか転嫁できていない」と読む。 統計は分布であって、個社の値ではありません。同じ業種でも0%の会社と10割の会社が同居しています。
- 「転嫁率が低い業種=ブラック」と読む。 転嫁率は取引構造の指標であって、労務環境の評価ではありません。
- 「転嫁できていない=危ない会社」と読む。 11.9%が全く転嫁できていない以上、これは相当数の会社に当てはまる状態です。危険信号として使うには粗すぎます。
- 数字の出どころを混ぜる。 転嫁率は帝国データバンクの調査(回答企業の自己申告)、従業員数はgBizINFOの公表値、法人件数は国税庁データ。母数も定義も別物です。
よくある質問
価格転嫁率39.9%は、過去と比べて悪いのですか?
低水準ではありますが、最低ではありません。2025年7月調査の39.4%が調査開始以来の最低値で、2026年2月に42.1%まで戻し、今回39.9%に再び下がったという推移です。「4割前後で行き来している」というのが実態に近い読み方です。
「全く価格転嫁できない」11.9%というのは、どんな会社ですか?
調査は回答企業の自己申告なので個社は分かりません。ただ業界別の数字から、値札を最終消費者に直接示す業種(飲食店・旅館ホテル・娯楽サービス)と、発注者との力関係が固定されがちな下請構造の業種に、より多く含まれると読むのが自然です。
取引先が値上げを申し入れてきたら、応じる義務はありますか?
法律上、値上げに応じる義務そのものはありません。ただし発注者が優越的地位を利用して協議を拒む・一方的に据え置くといった対応は、下請法や独占禁止法上の問題になり得ます。公正取引委員会の労務費指針は、協議の求めに応じないこと自体を問題行為として挙げています。実務上は「応じるか」ではなく「協議の場を持ったか」が見られます。
応募先が値上げできているかどうか、無料で調べられますか?
直接は調べられません。価格転嫁の状況は決算書にも登記にも出ないためです。無料で確実に分かるのは、実在するか、登記が生きているか、いつからあるか、いまどんな募集を出しているか、業種と所在地は何か——ここまでです。ここを固めたうえで、業種の構造を今回のような統計で補うのが現実的な順序になります。
人件費の転嫁率32.0%は、賃上げできないという意味ですか?
「原資が細い」という意味です。人件費の上昇分のうち3割強しか売価に乗せられていないので、残りは利益を削って賄うことになります。賃上げが不可能という話ではありませんが、業績が伸びていない会社ほど賃上げが利益の圧迫に直結する構造です。借入に頼る会社への金利上昇の影響は金利0.5%上昇で赤字企業率29.4%にまとめています。
まとめ
2026年8月28日公表の帝国データバンクの調査は、価格転嫁率39.9%(前回42.1%から2.2ポイント低下)、全く転嫁できない企業11.9%、人件費の転嫁率32.0%という内容でした。コスト100円の上昇に対し、約60円を会社が飲んでいる計算になります。
そして業種別に見ると、化学品卸売63.2%から娯楽サービス17.7%まで3.5倍以上の開きがあり、企業規模別の差(3.3ポイント)よりはるかに大きい。うちの法人データベースとgBizINFOの公表値を突き合わせても、飲食・宿泊は卸売・小売とほぼ同じ規模分布でありながら転嫁率は2倍以上違いました。転嫁力を決めているのは、会社の大きさよりも「誰に値段を提示するか」だと考えるほうが、データと整合します。
ただし、この統計から目の前の1社の状態は分かりません。分かるのは、その会社が置かれている構造の見当をつけられる、というところまでです。
しょくばログは、全国の会社を1社1ページにまとめ、登記情報・所在地・業種・求人などを無料で確認できます。気になる会社があるなら、業界の統計を読む前に、まず会社名で検索してみてください。
※本記事は2026年8月28日時点で公表されている情報にもとづく整理です。価格転嫁率に関する数値は帝国データバンクの公表値、労務費の転嫁に関する指針は公正取引委員会の公表資料、法人件数および業種別の従業員数分布は国税庁の法人番号公表データと経済産業省gBizINFOの公開情報にもとづく当サイトの集計(公表されている法人に限った参考値)です。特定の企業や業種の経営状態を評価・断定するものではありません。