✍ 古家あきら | 2026-08-24 更新

人手不足倒産は63件?30件? — 同じ月なのに数字が2倍違う理由と倒産統計の読み方

2026年8月、「人手不足倒産」について2つの発表が出ました。東京商工リサーチは63件で過去最多、帝国データバンクは30件で3カ月ぶりに前年を下回った。同じ2026年7月の話です。件数は2.1倍違い、増減の向きすら逆でした。

先に結論から。この差はどちらかが間違っているのではなく、「何を人手不足倒産と呼ぶか」の定義が各社で違うからです。倒産統計を実務で使うときは、件数そのものより「定義・集計対象・前年比」の3点を確認するほうが、はるかに役に立ちます。

しょくばログという会社データベースを運営していると、「倒産が過去最多と見たのですが、うちの取引先も危ないですか」という質問が定期的に来ます。今日はその不安に、統計の読み方という角度から答えます。

何が起きたのか — 2つの発表を並べる

まず事実を並べます。どちらも2026年7月分についての発表です。

| 項目 | 東京商工リサーチ(TSR) | 帝国データバンク(TDB) | |---|---|---| | 「人手不足」倒産 | 63件(前年同月比40.0%増・過去最多) | 30件(前年同月49件、38.8%減) | | 発表日 | 2026年8月5日 | 2026年8月10日 | | 全国の企業倒産 | 1,028件(前年同月比6.9%増) | 1,037件(前年同月比8.5%増) | | 負債総額 | 2,363億1,200万円(41.4%増) | 2,341億1,800万円(40.6%増) |

注目すべきは、全国の倒産件数そのものも1,028件と1,037件で9件ずれていることです。負債総額も約22億円違う。日本の倒産件数に唯一の正解値があるわけではなく、各社が自社の調査網と基準で数えた結果だと、この時点で分かります。

出典:東京商工リサーチ「2026年7月『人手不足』倒産」(2026年8月5日)東京商工リサーチ「2026年7月の全国企業倒産1,028件」(2026年8月10日)帝国データバンク「倒産集計 2026年7月報」(2026年8月10日)

差はどこから生まれるのか

①「人手不足倒産」に何を含めるかが違う

TSRは集計基準を明記しています。「求人難・従業員退職・人件費高騰」の3類型を抽出し、後継者難は対象外。7月の内訳は人件費高騰36件(前年同月比111.7%増=2.1倍、過去最多)、従業員退職19件(同72.7%増)です。

つまり63件はその約6割が「人件費高騰」型。人が採れないというより、賃上げの原資を出せずに力尽きた会社が数字を押し上げている。ここが今回いちばん重要な中身で、件数だけ見ていると見えません。

一方、帝国データバンクの30件は集計対象を負債1,000万円以上かつ法的整理による倒産としています。同じ言葉に同じ範囲を与えていない以上、件数が一致しないのはむしろ自然です。

出典:帝国データバンク「人手不足倒産の動向調査(2025年度)」

②「原因」の認定は最後は人の判断

倒産の原因は1つとは限りません。売上減・人件費高騰・後継者不在が同時に起きている会社をどの箱に入れるかは判断が入る領域で、機械的には決まらない。複合要因の振り分け次第で、数十件規模の差は普通に出ます。

だから絶対値を1件単位で信じるのではなく、同じ会社が同じ基準で出し続けている推移を見るのが正しい使い方です。63件と30件は比較できませんが、TSRの40.0%増とTDBの38.8%減は、それぞれの物差しの中では意味を持ちます。

③どちらも「増えている」ことは一致している

方向が逆に見えますが、累計では景色が揃います。TDBの発表でも2026年1-7月の累計は257件で、前年同期251件を6件・2.4%上回っている。単月では減ったが年で見れば前年超えで、中期トレンドは両社とも増加で一致しています。単月の増減に一喜一憂しない理由はここにあります。

しょくばログの499万社で「会社が消える」を数え直す

ここからは、うちのデータベースで実際に数えた話です。しょくばログは国税庁の法人番号公表データをもとに、活動中の法人4,988,967社すでに登記が閉鎖された法人762,832社を持っています。閉鎖の内訳は清算の結了等491,764社/登記官による閉鎖210,087社/合併による解散等59,612社/その他1,369社

月ごとに数えると、通常月に登記が閉鎖される法人は4,000〜6,000社です(2026年は2月4,158社、3月4,810社、4月5,998社)。倒産は月に約1,000件でしたから、登記の閉鎖はその4〜6倍のペースで起きていることになります。ここから読めることが2つあります。

ひとつ目。倒産は「会社が消える理由」の一部でしかない。 数のうえで多いのは、むしろ清算の結了=自主的にたたんだ会社です。借金を残して倒れたのではなく、静かに店を閉めた会社のほうが多い。倒産件数だけを見ていると、この静かな退出が視界に入りません。

ふたつ目。1月だけ数字が跳ねる。 2026年1月の閉鎖は52,439社、2025年1月は64,693社と通常月の10倍以上ありますが、内訳を見ると2026年1月は47,778社が「登記官による閉鎖」でした。会社が一斉に潰れたのではなく、長期間登記を放置した法人がまとめて職権で整理された結果です。月次を単純に前月比で語ると、この1月で判断を誤ります。

(※国税庁データの反映にはタイムラグがあり、うちのデータで確認できる最新の閉鎖日は2026年5月28日です。2026年5月の2,544社は反映途中のため確定値ではありません。)

これは他社の統計を批判する話ではなく、うちのデータにも読み方の作法があるという話です。数字は、その作られ方とセットでしか読めません。

実務でどう使うか

応募者:「過去最多」を応募先1社の危険信号に使うのは無理があります。母数は500万社近くあり、63件は全体像ではない。個社を見たいなら統計から降りてその会社の求人の出方を見るほうが早く、手順は人が辞めて潰れる会社の見分け方にまとめています。

取引先を調べたい人:統計は業界の温度感を知るためのもので、個社の与信判断には使えません。相手の登記が生きているかは会社の実在と倒産の確認方法で無料確認でき、踏み込むなら信用調査の費用相場も参考に。

経営側:見るべきは「人件費高騰36件」です。人が採れないことより採った人に払い続けられるかが争点になっている。TSRの集計では資本金1千万円未満が40件と63.4%を占め、破産が60件で95.2%。小規模な会社ほど直撃を受けている構図です。

倒産統計を読むときの4つのチェック

1. どこが出した数字か(TSRかTDBか、他社か) 2. 定義は何か(何を含み、何を除外しているか。今回なら後継者難の扱い) 3. 集計対象は何か(負債1,000万円以上か、法的整理のみか) 4. 単月か累計か(単月は振れる。累計・前年同期比で見る)

この4つを確認するだけで、「過去最多」と「前年割れ」が同時に成立する理由が分かるようになります。

よくある質問

東京商工リサーチと帝国データバンク、どちらが正しいのですか?

どちらも正しく、比較する相手が違うだけです。両社は独自の調査網と定義で集計しています。大事なのは、1つの物差しの中で時系列を追うこと。TSRの数字とTDBの数字を足したり引いたりするのは意味がありません。

倒産件数と「会社が消えた数」は違うのですか?

違います。倒産は法的整理や取引停止処分などを指し、自主的な廃業・解散は倒産に含まれません。上で見たとおり、登記の閉鎖は倒産の4〜6倍のペースで起きており、その多くは清算の結了です。「潰れた会社の数」を知りたいのか「なくなった会社の数」を知りたいのかで、見るべき数字が変わります。

取引先が倒産したかどうかは無料で調べられますか?

登記が閉鎖されたかどうかなら、国税庁の法人番号公表サイトやしょくばログの会社ページで確認できます。ただし倒産の手続き中はまだ登記が生きていることが多く、リアルタイム性はありません。手順は会社の実在と倒産の確認方法を参照してください。

「人件費高騰倒産」は今後も増えますか?

断定はできません。ただしTSRは、物価高が収益を圧迫するなか業績改善が見込めない中小・零細企業に賃上げが重くのしかかっており、賃上げ原資を確保できない小・零細を中心に今後も増える可能性が高い、との見方を示しています。予測は予測として、確定値と分けて受け取るのが安全です。

まとめ

63件と30件、どちらも本当の数字です。違うのは物差しであって、事実ではありません。倒産統計は業界の温度を測る体温計としては優秀で、個社を診断するレントゲンとしては使えない——これが実務での結論です。

そしていちばん覚えて帰ってほしいのは、見出しの「過去最多」ではなく、63件の6割が「人件費高騰」型だったという中身のほう。人が採れない問題は、いつのまにか採った人に払い続けられるかの問題に変わりつつあります。

法人の種類から読めることは法人の種類一覧、登記だけ残っている会社の見分け方は幽霊会社の見分け方もあわせてどうぞ。

また、そもそも倒産統計が会社の終わり方のどこまでを映しているのかは倒産1,037件は「17年ぶり」水準 — でも会社が消える出口は倒産だけではないで、登記記録の閉鎖の実数と並べて検証しました。

※本記事は公表済みの調査結果と公開データにもとづく一般的な情報です。個別企業の信用状態を断定するものではありません。取引や投資の判断が必要な場面では、帝国データバンク・東京商工リサーチ等の信用調査をご利用ください。

古家あきら
全国の会社データベース「しょくばログ」を運営しています。会社の登記・求人・クチコミのデータと毎日向き合う中で気づいた“会社の調べ方”を、現場の目線で書いています。

← お役立ち記事一覧へ